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私とLの物語

少しカッコつけたタイトルですが、
これは、私の子供のころのお話です・・・。



私が子供のころ、
近所の家に雄の子犬がやってきました。

よそのおうちのワンコなので、
ここでは「L」と呼ぶことにします。

「うちにも犬が欲しい!」
と親に言ったら、
「Lを自分ちの犬のように可愛がりなさい。」
と言われました^^;

「それもそうだな」
と思った私は(←単純)、
Lと大の仲良しになりました。

Lの飼い主のおばさんも、
「Lは本当に〇〇ちゃんが好きだねぇ」と言っていました。

犬好きで日曜大工の得意な父は、
Lの為に犬小屋を作ってあげました。

Lの飼い主さん家族が旅行に行くときは、
我が家がLの世話をしました。



Lの飼い主さんの家には、
3人の男の子がいました。

その子たちは、
Lに石を投げて怖がるLを見て笑ったり、
ご飯のお皿をギリギリ届かないところに置いて、
それをカラスに食べられてしまうのを見て笑ったりしていました。

「かわいそうだからやめてよ!」と言っても、
「うちの犬なんだからいいんだよ」と言われると、
子供の私はそれ以上何も言えませんでした。

私は、夜ご飯の残りをLに持っていってあげたり、
小学校に上がってからは、
給食のパンを持って帰ってはLにあげたりしていました。

我が家の玄関を出た正面に犬小屋があったので、
私は学校に行くとき、帰ってきたとき、
いつもLに話しかけていました。

学校で嫌なことがあった時には、
泣きながらLに話したこともありました。



私が小学校高学年になった頃、
我が家である話が持ち上がりました。

母や兄が、
「Lが時折脱走している」というのです。
新聞配達をしていた兄や、
配達仕事をしていた母が町でLによく似た犬を見かけ、
そしてその犬がずっと後をついてきたそうです。

兄と母がそれぞれ家まで連れ帰ってくると、
自分の小屋に入っていくというので、
確かにLだとのことでした。

私はにわかには信じられませんでしたが、
ある日、家の近くの公園で遊んでいると、
一人で草むらをウロウロしている犬が。

「L?」と声をかけると私に近寄ってきました。
確かにLだと思いました。
「おまえ脱走してきちゃったの?駄目だよ!帰るよ!」
私は、ノーリードのLを、
何度も振り返り「L!こっちだよ!」と声で誘導しながら連れて帰り、
Lの飼い主のおうちのチャイムを鳴らしました。

出てきたおばさんに、
「Lが公園に一人でいたから連れてきました!」と言いました。
少し興奮気味に話した私におばさんは、
「なんだ、散歩に行かせてたんだから、ほっといてもよかったのに」と言いました。

私は唖然としてしまいました。
おばさんはLをまた鎖につないで家に入っていきました。

私の頭の中は子供ながらに怒りと?でごちゃ混ぜになり、
その話を親にしました。

後日、父が直接飼い主さんに聞いてきた話によると、
忙しくて散歩に連れていけないので、
それだとストレスが溜まるから一人で散歩させてる、
というのです。
「それは全然犬のためにならないよ。事故にあったらどうするの。」
と父が言ったら、
「大丈夫!大丈夫!」と笑っていたとのことでした。

そして父は私にこう言いました。

犬は、人間に従うことで一番安心できる。
でもそれは怖がらせて従わせるんじゃなくて、
信頼関係があってのこと。
散歩もちゃんと飼い主が手綱を引いて、
一緒に歩くことで犬は安心して散歩ができる。
犬の自由にさせるのが犬にとって幸せなわけではない。
信頼して手綱を任せられる飼い主がいることが、
犬にとって一番幸せなことだ。


海外ではフリーの犬も多いと思いますが、
それは飼い主もそばにいてこそですよね。
犬が苦手な人のことを考えても、
やはり、いくら田舎とはいえ、
町に飼い犬を放し飼いにするのは、
明らかに非常識な行動だったと思います。


その後、Lが放し飼いにされることは少なくなっていったように思います。



私は短大に進学する際、
家を出ることになりました。

その頃になると、
Lもやはり年老いていました。
Lの年齢を考えたことはありませんでしたが、
おそらく12~3歳以上にはなっていたと思います。

段々と動き回ることもなくなり、
私が玄関から出てきても、
昔は尻尾を振って私の方に寄ってきましたが、
ただ顔を上げてこっちをじっと見ているぐらいになっていました。

私の部屋は玄関の上にあったので、
朝方、Lの鳴く声が聞こえてくるようになりました。
その鳴き方が、人間のうめき声のようというか、
ただならぬ感じの鳴き声でした。

心配になり、父親に言ってみたのですが、
「猫やカラスがくるんでないかい。
Lは怖がりだからなぁ。」と言いました。
私は、そんなんじゃないな、と思いました。

当時は知りませんでしたが、
犬も認知症などで、夜鳴きをすることがあるそうですね。
おそらくそのようなものだったんではないかと思っています。

一度、私はLの鳴き声が聞こえてきたときに、
窓をそっと開けて見てみました。
すると、Lが我が家の方を見て鳴いていたのです。

私の姿を見たら、余計にLが眠れなくなると思い、
私は気づかれないように、またそっと窓を閉めました。



家を出ていく日、
私はLに「夏休みには帰ってくるからね」と言いました。
両親が空港まで車で送ってくれたのですが、
車が去るまでLはこちらをじっと見ていました。

そして、短大の寮に入り、
GWを迎えました。
入学してまだ1か月ということもあり、GWは帰省しませんでした。

GWもそろそろ終わり…という頃に母から電話がありました。

「Lが今朝、亡くなったよ。」

「えっ!うそ!なんで!」

私は母の話を黙って聞きました。

最近すっかり体力の落ちたL。
雨の日が続いていたので、
玄関に寝床を作ってもらって、
そこで寝ていたそうですが、
朝方、やけに玄関のドアをガリガリして外に出たがったので、
飼い主のおばさんは、Lを外に出してあげたそうです。

もうあまり動き回れないし、
家の周りをウロウロするだけだろうと思ってのことかもしれません。
もしくはトイレを済ませに行っただけと思ったのかもしれません。

玄関のドアは少し開けておいてたって言ってたかな。
この辺りはしっかり覚えていません。

そして、しばらくしてもLが帰ってこないので、
家の周りを探してみたら、
我が家の玄関の前で倒れていたとのことです。
すでに亡くなっていたそうです。

経緯を話し終わった母は、
最後にこう言いました。

「Lは最後に〇〇(私の名前)に会いに来たんだよ、きっと。」

私は涙をこらえながら母との電話を切りました。


夏休みといわずに、帰れば良かった。
そして、たとえ冷たくなってしまっていたとしても、
最後にLを抱きしめてあげたかったなと思いました。

最初に私が見つけてあげたかったとも思いました。


Lは私にとって大事な愛犬の一人です。


あのおうちがLを迎えてくれたからこそ、
私はLと出会えました。

Lの中に、少しでも我が家との思い出が、
楽しいものとして映っていたならいいなと思います。





余談ですが、
Lが飼い主さんいわく「ひとり散歩」をしていた時期、
父があるおうちの話を聞いてきました。

庭で飼っていた犬が、子犬を生んだ。
でも、飼い主さんは交配した覚えはないのにと首を捻っていたそうです。
その子犬が、Lにそっくりだった!と父は言うのです。

もしかしたらLはその子のところに通っていたのかも知れません^^
人様のおうちのワンコにこっこを生ませるとは、
なんとも田舎ならではですが・・・。

真相はわかりませんが、
私は、Lの子供だったらいいなぁと思いました。

もしかしたら、
今も、Lの血が受け継がれているのかも知れないのですから・・・。


お・わ・り
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一週間

東北地方太平洋沖地震から一週間がたちました。

昨日は、夕方より大規模停電の恐れがあるとのことで、
本社より、すぐに帰宅するようにとの連絡があり、
少しだけ早目に職場を後にしました。
それでも、家に着いたのはいつもより遅くなりました。

いつも乗る路線が運休になってしまったため、
4本乗り継いで帰りました。
しかも電車は激混みでした。
ハナパパも同じく、いつもより早く帰って来れました。

まだ一週間?もう一週間?
まだまだ被災地の方には十分な助けの手が届いていなく、
関東のパニックも収まりそうもありません。

テレビであれだけ言っているのに、
やはりまだ町中に両手にめいいっぱいの買い物袋を下げた人がたくさんいました。
いつもは見かけない、仕事帰りのサラリーマン、腰パンを履いた若者まで、
両手に買い物袋を下げてました。
ガソリンスタンドにも相変わらず長蛇の列。

我が家の車ももうガソリンがありませんが、諦めました。
しばらくは休みの日も家にいるしかありませんね。
電車で出かけても、いつ止まるか分かりませんし。

ハナの写真はありませんが、
ハナは相変わらず元気です。
元気というか、いつものように一日中眠りこけております^^;
本当によく寝ること・・・


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東北地方太平洋沖地震

犬ブログとはあまり関係ないですが、
記録として書きます。

3/11(金)
私はお休みで家にいました。
ハナと一緒にソファーで横になりながらTVを見ていたところ、
かすかな揺れに気づきました。
とりあえず体を起こし、様子を見ていました。
だんだんと揺れが大きくなっていき、それでもすぐに収まるだろうと思ったのですが、
さらに揺れは大きくなるばかり。
家がガタガタと音をたてながら、横に大きく揺れ続けました。

先日のニュージーランドの映像を思い出し、家が潰れるのではと恐怖を感じて、
揺れる家の中を右往左往しながら、ハナにとりあえずリードを付けて、
玄関で靴を履いてしゃがみこみました。
壁に寄りかかって体を支えないとその場にしゃがんでいることも出来ませんでした。

揺れが収まってからダウンを着て、とりあえず貴重品など手荷物をまとめました。
しばらくの間、家の中でスニーカーを履いたまま、ハナを抱いてTVに釘付けになっていました。

我が家は震度で言うと5弱か強。
それでも相当な恐怖だったのに、
震源地は遠く東北で最大震度7。
東北地方はどうなっているのか・・・

テレビで徐々に明らかになっていく被害の状況。
それでも、初めはまだ沿岸部での映像などはそれほど流されておらず、
コンビナートでの火災や埋め立て地区での液状化などの映像が流されていました。
それでも、これは戦後最悪の状況に陥るのではないかという嫌な予感がよぎりました。

ハナパパは、電車が停まってしまったことと、職場での対応に追われ、
帰宅が深夜になりました。
帰宅難民の方がたくさんいたので、帰ってこれただけ良かったです。
ハナと二人だけで家にいると、
夜になっても布団に入ることもできず、
ソファでうたた寝をしながら、TVで地震警報がなる度、
ダウンを着てハナにリードをつけて、
ということを繰り返しました。
神奈川に住んでて、これほど大げさな人間はいなかったかもしれませんが、
でも、それだけ初めの揺れが怖かったのです。

この地震がどれだけ悲惨なものだったかを最初に実感したのが、
ある沿岸部で200~300の逃げ遅れた方々が見つかった、とのニュース。
これからどんどん同じような方々が見つかると思いました。
阪神淡路大震災での死者が6000人ほどとのこと。
それを大きく上回るだろうと思いました。
ある地区では1万人の町民の安否が不明・・・。

壊滅状態の町の映像を見ると、
自分が感じた恐怖など、たいしたことではなかったと思いました。

太平洋沖で続く余震。
翌日には長野、15日には静岡。
誘発されるように各地でも大きな地震が続いています。
そして、福島原発。

関東では計画停電による交通機関の乱れや、
ガソリン、食料品、日用品の買い占めによるパニックが起こっています。
それでも、帰る家があり、夜は布団の上で寝られる。
それだけも被災地の方々に比べたら何百倍も幸せです。

ハナは、まったく地震には動じず、
大物というか、鈍感というか・・・^^;

とりあえず、我が家の玄関には、
ハナの荷物をまとめたカバンがまだ置いてあります。
もしもの時には絶対に守ってやらないといけませんから。

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